通院②
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本日は大学病院に通院の日。未だに船に乗って揺られている状態は続き変わらぬ現状。先生に背中の痛みも含めて伺ったところ、自立神経系症状との事。最近富みに疲れやすく一日での睡眠時間も多くなっていることを伝えると、やはり多発性硬化症のおかげという事でした。筋力の測定では人並みなのですが私にとったらまだ足りないようです。本格的に体力づくりしないと駄目みたい。また先生から長時間の労働は不向きと言われました。もう普通に働けないのかなぁ。こんな時、元彼女だったらなんていってくれるだろうとか考えてしまいます。と同時に自分に嫌気がさします。どんどん臆病に変わっていく自分が嫌です。このまま体力がどんどん落ち込んでしまい最後は・・・・なんて考えてしまいます。やはり健全な肉体に健全な精神は宿るのでしょうか?まずは身体作りからですね。早く自分の居場所を探さないと自分でなくなりそうです。とにかく身体作りが今年の目標です。
| 難病ケアガイド―筋萎縮性側索硬化症・パーキンソン病・脊髄小脳変性症・多発性硬化症 著者:国立病院機構宇多野病院看護部 |
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ここ何日か右の背中の痛みに悩まされている。座った状態から立ち上がろうとする時、寝返りを打とうとする時、ビリッと痛みが走るのだ。ゆっくり風呂につかりストレッチやマッサージをするが一向によくならない。痛くない体制でじっとしていてTVを見ている毎日。正座が一番楽なので体幹や背筋の問題だとは思うが少し心配だ。1月に定期健診があるので先生に聞いてみようと思っている。今日のTVで「あいのり」を見た。この番組を見るきっかけは前の彼女の影響だ。ヒデがようやく告白するというスペシャル番組。ヒデの言葉に不覚にも感動し涙した。そして彼には前途様様な未来が待っている事がうらやましかった。その流れで「1リットルの涙」を見ました。見れば見るほど頑張ってない自分に嫌気がさす。今まで簡単に出来ていたことが一つずつ時間が掛かったり、体力的に続かないことが出てきた。また1から体力づくりをしなければならない。一日を人並みに動ける身体が欲しい。動かせるだけの気持ちの強さが欲しい。20回のスクワットで膝が笑い歩くのに苦労する。そんな毎日だ。そんな自分とドラマの主人公に重ねあわせる事で「頑張れ」と自分に言い聞かせています。もっと、もっと、強い精神力でこの病気を克服したい。でもそばで支えてくれる人が欲しいと思ってしまう。その前に自分なんだけどね。でもやっぱりこの先支えてくれる人が欲しい。そう思うと涙が出てきそうになる。自分って弱いなぁと嫌になる。もう昔のような自分には戻れないと思うと悔しくて仕方が無い。みんなに「なってしまったものはしょうがない」と言いながら、ここまで頑張って来たけど自分に言い聞かせていただけで何も受け入れていないのかな。これを読んでいる皆さん、身体が五体満足で生きていることを幸せだと思って生きてください。私よりもっと苦しんでいる人たちを正面から見て理解してください。やりたいこと、なりたいことそれはこんな私でも私よりも大変な病気で暮らしている人も障害者もみな同じ気持ちなんだと分かってください、そしてそんな気持ちを少しでも社会に反映させて下さい。そんな世の中で私は暮らして生きたいです。
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今朝は早くに目を覚ましましたが、だるく眠気が取れずに流されるままに2度寝をしちゃいました。おかげで体の調子はだいぶ良くなりました。が、2度寝から目覚めたのは昼12時。寝すぎでだるい気が・・・・・・まずはブログの記事をと思い、ニュースを確認、なぬっ!!篠原涼子が結婚!!全くのノーマーク。相手は市村正親!!市村さんは私が川崎市在住時、あざみ野駅で何度かお顔を拝見してまして、劇団四季の練習場があったんですよ、それで見かける機会もあったんだけど、あの当時でも肌ツルツル、オーラ出まくりの元気いっぱいな方でした。そんなこんなでPCの前で色々やっていたらこんな時間に、以前からの目眩はあまり変化はなく、あいも変わらず船の上にいるようです。
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2日前から何故か胸が苦しいんです。
左の背筋も痛くて、苦しい状態です。
タバコの吸いすぎかはたまた運動不足か・・・・
スッキリしないんです。まあ病気になる前から
スッキリ目が覚めるなんて事は20歳過ぎてから
無いんでそれは気にしてないんですが、
胸の苦しさが気になってます。
酒を飲んだわけでもなく、寝不足なわけでもなく
う~ん原因がさっぱり分かりません。
あまり考え込まずに今日は寝てしまおうと思ってます。
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今日から12月ですね、
今年も早いもので残り31日。
一年がとっても早く感じます。
さて今日は
病院のはしごをしに行って来ました。
先生に多発性硬化症の本と
データ取りの為のアンケートを
渡されてきました。
自立神経を落ち着かせる
薬をもらい目眩はこれで落ち着くと思います。
落ち着いたらいよいよ職場復帰です。
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明日は大学病院の
定期健診です(;´д` ) トホホ。
また先生に注射打て!!って
言われる気がするんですが・・・・・。
少し不安です(;´д` )。
市立病院にも行かねば・・・・
明日は病院のはしごです。
また薬づけにならない様に
しなければ・・・・・・
早く目眩が良くなったらなぁ。
今日は強風の中、
バッテリー交換を決行。
無事にマイカー復活です
(v^ー°) ヤッタネ。
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青森から帰ってきました。
無事に葬儀も済み昨日の夜
自宅に帰ってきました。
父の兄弟は5人なんですが
こんな機会でもないと集まることも無い
と言う事で、ほとんど宴会状態。
私を含む孫も集まる機会が無いので
やはり、宴会状態。
私は孫の中で本家男子長子なので
やることいっぱいで疲れました。
親父はいつもと違うテンションで絡み酒。
こんな弱弱しい親父を見ると、
親父は年を取ったんだとシミジミ感じました。
ほぼ一週間睡眠不足でダルダルです。
これから一週間の記事をチェックします。
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25日未明祖母が亡くなりました。享年88才。幼い頃に同居していたので思い出が多く、ふとした時に昔を思い出し涙が頬をつたいます。本日、火葬が終わり灰になった祖母のお骨を取ってあげようと、親族が近づくと頭蓋骨が綺麗に二つに割れました。この時祖母はあの世へ逝ったのかなぁと思いました。私を愛してくれた人がまた一人居なくなりました。幸せを与えてくれる人が増える喜びは、同時にその数だけの悲しみを生む事を最後に教えてくれた祖母でした。
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土曜日を最後に更新してなくてすいません。
って言うのも、日曜日の昼に
「婆ちゃんの容態が・・・」
と連絡があったんです。
「そうです危篤だから早く来て!!」
って連絡です。
私の自宅は仙台、
婆ちゃんは青森。
取るものも取りあえず、
向かおうという事で、
そっこー準備です。
あっ!!スタッドレス履いてねぇ!!
自分の車はバッテリーアガッテル!!
親の車のタイヤ交換して、
一泊の着替え持って
昼に電話もらって夕方出発です。
でも青森には8時前には到着。
メッチャ飛ばしまくり。
着いてすぐに病院に、
「婆ちゃん!!」
・・・・・・
・・・・・・
「あらー来てくれたの」
・・・・・・
・・・・・・
結構元気やん!!
取りあえず会話もOKで安心。
明日様子をみてから帰ろうかと・・・・
その晩また容態急変!!!
やっぱり危ない状態のようで
その後一進一退の状況。
取るものも取りあえずなので
今日の夜に帰って来ました。
行きも帰りも運転は私。
家族は熟睡。
俺も一応、難病で大変なんだけどぉ。
今は肩がバリバリです。
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この前読んだ本にこう書いてありました。
あなたも割りと、計画して生きる方だとは思うけれど、どうぞ、いつも人生で、明確な目的を持って生きてください。別に偉そうなことでなくていいの。志低い、誰も振り向いてみないような小さいことでもいいのよ。しかしもし或る人が、はっきりこれをしようと思って生きていたら、それは、それだけで満たされた時間なの。順調なときだけでなく、万が一、刑務所に入るようなことがあっても、刑務所の中で、ギリシャ語とラテン語をマスターしようとか、シェークスピアの研究をするとか、何でもいいから目的を持ってください。こういう極論は普通の母親は言わないのかもしれない。でも人生は何だってあり得ますからね。死病で入院しても、目標を作って生きてね。誰にも最後に死が来ます。その時も一生懸命、死ぬのよ。わかりましたか?出来るだけ苦痛に耐えて、明るく、ユーモラスに、最初で最後の体験を面白がってください。その目的があれば、人生で何をしていいかわからない、という空虚な思いにだけはならなくて済みます。『親子、別あり』より
病気になった私にとってこの言葉は、希望を持って生きていく為の道標であって、私の親から言われた言葉を思い出します。
母からは、「出来ることを精一杯やって生きる、そのために出来ないことはあきらめなさい。」 父からは「出来ないことを自分の形で出来るようにチャレンジして生きてゆけ。」はじめ私は夫婦で逆のことを言われたと思っていました。でも違いました。今はどちらも同じ意味だと思っています。どちらも生き抜く為に必要で大切な親の言葉です。そしてこの言葉は表裏一体の生き抜く術であって、人生の先輩からの贈りものなんだと。
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最近めっきりと寒くなり、
車のバッテリーはアガルは、
頭痛はひどくなるはで、
かなり調子が悪くて困ってます。
薬を飲んでもイマイチで・・・・
両手の握力が少し下がっているんじゃ?
と思うほどうまく力が入らないでいます。
(だからって、生活に支障は無いんですけどね。)
とりあえず、メガネを止めてまたコンタクトに戻しました。
これで頭痛が楽になればいいんですが。
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この間読んだ本にこうありました。
どんなに抗ったって、人間、定められた運命以上のことは出来ません。ただ運命に流されながらも、希望の方向ぐらいははっきり持ち続けていて、小さな悪あがきをするぐらいは自然でしょう。そうするとそのけちな悪あがきが、思いのほか大きく流れの方向を転換させる力になることもあるのです。しかしそんなに努力しなくてもいいのよ。流されることを愛してください。そして流されながら、しかし最後まで、小さな希望だけは明確にしているという生き方をしてください。「良い加減」という言葉がこの頃私は大好きです。
『親子、別あり』より
人間どうしても欲があります。また私のように病気をする前とのギャップを埋めようと悪あがきばかりを繰り返す人もいます。この言葉はそんな私に、ゆっくり焦らなくていいんだよと声を掛けてもらったような言葉でした。悪い意味の「いい加減」ではなく「いい加減」で生きていきたいものです。
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本日全ての検査が終了し結果を聞きました。
髄液検査では欧米型の多発性硬化症だと分かり、
現在は停滞期であろうという事。
現在の完治、治療法はないという事。
予防の治療薬は現在ベタフェロンしかない事。
ただし抑制力は3回の発症を2回に留める抑止力しかない事。
ストレスを感じると発症しやすい事。
日常の中で疲れを溜めないこと。
神経系の病気なので、
一般の人より体の神経伝達に余分に労力を使い
疲れやすいという事。
周りと一緒に働くにはかなりの体力が要るって事です。
まぁ、現在はしょうがないって事です。
アメリカで抑制力の高い新たな薬が発見され、
1000人の症例を取って抜群に良い結果が出たそうだが
うち2人が死亡した。
この薬が近々使用できるかもという
話で終わりました。
抑止力が高くても死亡する可能性があるのは
ちょっと困ります。先生!!。
やっぱり、じっくり、ゆっくり行くしかないのね。
いつか完治の薬や手術が可能になることに
望みを託してあきらめないで行こうと
決意した入院でした。
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MRI無事に終了しました。結果は明日分かります。髄液検査の結果が出ました。結果は陽性でやはりというか、病気の裏付けが取れました。明日の検査で因果関係が分かるそうで、異常がなければ退院となるそうです。
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色々調べてもらいました。現在は問題なしって事になりました。が以前の入院中に使用したステロイドの影響で軽い白内障だと言われました。自分では自覚症状が無かったので、少しビックリしました。水晶体が年令よりも衰えているそうです。見えずらくなったらすぐに眼科に来るよう言われてしまいました。今は、検査時に点眼された薬のせいで、焦点がうまく合わないで、老眼のように目を細目にし、離して更新画面に向かっています。午後はMRIが待ってます。まずは報告です。
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家族と夕飯を外で食べてから病院に到着しました。病室に戻るとテーブルに看護士さんからの伝言が。朝9時半から眼科の検査が入っています。午後3時40分からMRIの検査が入っています。とありました。…(昼食後は絶食絶飲。)
絶食絶飲!!
そんなこと聞いてないんだけど…。
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月曜日からの検査の為また病院に入院しに行ってきます。
明日の検査は、MRIと眼科の検査です。
以前検査をして頂いていた病院では細かく見ることの出来ない部分を
こちらの病院で細かく検査してもらいます。
MRIで何か、めまいの原因が分かればいいのですが・・・・・
あまり期待はしないでおこうと思っています。
眼科の検査はどんなものなのかも分かっていないので
少し心配です。明日はこの2つの検査の予定ですので
検査が終わったらまた、更新します。
では、行ってきます。
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検査入院中に同部屋になった方が4人と以前書きましたが、この人たちの個性というか性格がかなりの濃さで、ちょっとというか、かなりキツイのですよ。もちろんそれぞれが重い病気ですので心も病んでいると思うのですが・・・・・まず、人となりを簡単に紹介すると・・・・・・
一人目は加藤さん、お袋と同じ年で自営業、八百屋を営んでいます。やはりというか、年の功というのか、客商売の方なので病室の空気を敏感に察知し、暗くなると何かしら話しかけてきてサービス精神を発揮する方です。二人目は安部さん、親父と同じ年でこちらも自営業、理容業を営んでいます。この方は、根がまじめすぎるのか、かなり暗い方で、病気を治すというよりも今後最悪はどうなるのかということばかり考えてしまいがちで暗い空気をかもし出すのがこの方です。そして三人目が佐藤さん、この方が一番重病なんですが一番明るい方です。私と一回り違うのですが、育ちがあまり良くないのか?話がほとんど下品で、お下劣です。(笑)この佐藤さん明るいのはいいのですが、かなりの空気を読めない方で周りが具合が悪かろうが、眠たかろうが、他の事に集中していようがお構いなしに話しかけてくるんです。一人でTVや小説を読んでいたってお構いなし。はじめは私も、見たら分かんないかよお前!!ぐらいだったのですがそこは4人だけの病室ですので仲良くしない訳には行かず、しぶしぶ話しを聞いたりします。話に落ちもなく、なるほどとうなずく事もなく、私にとっては不毛な話に思えるくらいです。私も何度か入院していますがこれほどうるさいくらい話掛けられたり、一人の時間を邪魔されるのは初めてです。いつもの入院以上ストレスを感じる形になっており、今まで入院時に同部屋の人とうまく行かずに個室に移りたい人の話を聞いたりしてもピンとこなっかたのですが、今はビンビンに来まくってます。明日の夜からまた一緒かと思うと気が重くなります。
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現在自宅でこのブログを更新しています。
月曜日まで検査がないので自宅でゆっくりしています。
そんな折以前アルバイトでお世話になっていた方の娘さんから
励ましのメールをいただきました。
もう仕事を離れて一年近くになりますが、
色々と気にして頂いていることに感謝!!
皆さんに生かされているのだと改めて思いました。
病気になった時は、俺の存在意義は?とか
いなくても世間は何の問題もないとか、
誰も俺のことなんて気にも留めていないとか、
そんなことばかり考えていました。
時間が経ち落ち着いてくると、一人また一人と
必要とされる人に気付き始めました。
でもそんな気持ちがおっくうで、構わないでくれっ!!
なんて思っていました。
そのとき俺は、「ただ生きている」って感じでした。
そんな気持ちが「生きるんだ」になり、「生かされている」
に変わって来ました。
その気持ちの変化は、今思えば生活の変化に直結しています。
何も出来ずに家にいた時は「ただ生きている」という感覚。
動けるようになり、人と触れ合うようになると「生きるんだ」という感覚に、
仕事をはじめて自分の病気を理解してくれる人たちに出会うと
「生かされている」という感覚に変わっていきました。
「今の自分に感謝」すること。「今出来る最大限で生きる」事の重要性。
「今まで出来ていた事と出来なくなった事」との乖離のあせり。
全ての事の割合が毎日少しずつ「今の自分に感謝」になること。
「今出来ることを最大限で生きる」ことが出来ているという自信。
に繋がればと思っています。
そしてちょっぴりのあせりと上手に付き合って、
力強い心を持てるようになりたいなと思っています。
同じ様に不安や悩みを抱えている人は多いと思います。
病気が不安の要因にはなりますが、原因ではないと俺は思います。
少しずつでもいいからそれを解消していくようがんばって生きて
そして生かされようと思っています。
今日は結構まじめに書きすぎたかな?
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先程、髄液検査の腰の後が問題なしって事になりました。月曜日まで検査は特に無いので週末の外泊が許されました。夕方には自宅に帰る事が出来そうです。自宅に帰ったら更新しまくります。まずは報告迄。
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昨日からの腰の鈍痛が治まりません。昨晩は鈍痛のせいで横にしているのが一番楽だった事もあって、速攻で寝てしまいました。友人からの電話にも気が付かず爆睡。朝の5時に目が覚めました。早起きは3文の得と言いますが、朝から腰が重たくて得した気分になれません。はぁ〜。
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夕方になっても腰の痛み(鈍痛)が取れません。重たくて、歩いたり、立ち上がってもダメでした。横になるのが一番楽かな。明日迄、髄液検査の経過を見て良ければ、土日の外泊が出来そうです。今晩悪くならない事を祈ります。
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うつぶせから3時間。寝返りがOK。立ち上がってもOK。頭痛、吐き気もなしです。早速、タバコと更新にとエレベーターへ、先程髄液採取して頂いた先生にバッタリ。髄液検査は特に目立った炎症はなく、正常の範囲内だそうです。まずは良かったとほっと胸を撫で下ろした所で、一服して来ます。
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今回で4回目の私は、少し余裕かまして、慣れたもんって感じを醸し出したら、先生並びに看護士に「慣れてるねぇ」の言葉を貰いました。ところが、先生の針が上手く入らず4本刺されて、腰が重たくて少し痛みが残ってます。針痕から髄液がこぼれないように2時間はうつぶせです。早く寝返りがしたいんだけど…
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昨日はやはりというか、やっとというか、眠れずにお薬の力を借りて就寝。眠れずにタバコを吸いに出掛けたら、私と同じ神経内科で多発性硬化症の男性と一緒になりました。彼は視覚の異常が激しく、色が無い世界にいます。全てが白く見えて、食事の時にご飯茶碗の中に、ご飯がどの位入っているのか分からないそうなんです。私の病気は軽いのだなぁと少し感謝です。今朝は採血、採尿。これから髄液採取です。
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今さっき、今日の分、検査が終わりました。かなり時間が掛かったので少々疲れ気味です。明日は髄液検査が待ってます。朝からの検査なので朝食はなしで辛いです。検尿、検便もあるし…はぁ~。明日の午前中は絶対安静だ
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お初の病院で少しドキドキ。病室は新しく綺麗で11階で眺めも良く快適です。同部屋の人は皆さん私と同じ神経内科で少しは気が楽かな。この後は通常の検査です。採血、心電図、レントゲン、等など。またあとで報告します。
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今日から、多発性硬化症のセカンドオピニオンで
検査入院する事になっています。
今回の検査では、MRIでは脳、脊髄を
骨髄液の検査では、今後の治療に役立たせる為に
髄液のタイプを判定します。
これが今後の治療に関係してくる検査です。
一応、一週間の予定ですが、予定は未定と言う事で、
今は不明です。
暫く楽しい更新とはならないと思いますが
携帯から出来る限りUPします。
では、行ってきます。
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明日から検査入院です。
今回はいつもの病院ではないので少し不安です。
今朝から入院準備に追われ少し疲れました。
でも更新はしっかりやってる (´~`ヾ) ぽりぽり・・・
で、もって行く電気シェーバーを確認。
自宅では親父と共用なので一人暮らしの時に使っていた
シェーバーを出して使えるか確認。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
電源入りません!!(T△T) アウアウ~
・・・・・
・・・・・
今回は剃刀で我慢。
夜に友人のお嬢ちゃんからLOVE CALLが
m(~o~)m かわいい~
「また遊んでねぇ~」と、この言葉は聞き取れたのですが
その他はうまく聞き取れず・・・・・
でも電話ありがとうねぇ。美羽ちゃん。
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行ってきました、大学病院。
MRIを見てもらって、経過を聞いてもらって、
・・・・・
・・・・・
でね、色々と聞いてみると、今までは駄目だ
と言われていたことが、それは大丈夫ですとか、
そのままでは無理ですが、処置をすればなど、
この4年間我慢してきたゆっくりとお風呂に入る
ヘ(^∇^ヘ)ヘ(^∇^ヘ) ウヒョヒョ。
注射時の悪寒や関節の痛みがヒドイのは
慣れるまでといわれた事は、それを取り除く薬があると
ヘ(^∇^ヘ)ヘ(^∇^ヘ) ウヒョヒョ。
注射が効くか向かないかの検査もあるそうで、
ヘ(^∇^ヘ)ヘ(^∇^ヘ) ウヒョヒョ。
・・・・・
・・・・・
こんな事なら早くセカンドオピニオンすれば良かった
と思う今日この頃です。
・・・・・
・・・・・
という訳で、来週から検査入院、一週間。
(T◇T)
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明日は大学病院に行って検査してきます。
世間で言うところのセカンドオピニオンってやつです。
今行っている担当の先生がどうも信用できないというか、
気持ちが入ってないというか、
親身になってないというか・・・・・。
以前の先生は本当に良くしていただいたので
ギャップが大きいんです。
今回の症状に対しても何とも言えない状況の為結局、
様子を見るしかないの一言。
って事で先生に申し訳ないが、
他でも見てもらいたいことを話して、
多発性硬化症では権威と言われている先生のところに
紹介していただく事になりました。
この先生は全国規模で活動をしている方なので
色々と聞いてみたいと思っています。
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平成12年4月13日に私が記していた日記の内容です。
明日、現時点での結論が出る。正直、今回の病気で色々と考える事があった。もし仮に、重い病気になると考えると、霞のかかった事であった人間の死というものが重く、暗く、感じ、真実味が増す。それまで全くと言って良いほど考えも、日常に登場もしなかったものが顔を覗かせる。恐ろしい、怖い。大抵の人は70~80年の人生だろう。体が健康で何も不自由なく暮らせるのだろうか?俺の人生は決して特別でもないと思う。そう考えると周りの人たちも俺と同じ事が起きてもおかしくないのだ。でも何故俺なのか、何故今なのか、そんな事を考えると分からなくなる。
家族には恵まれている。幼い時から一人の人間として理解を示してくれた父、溢れるような愛情を注いでくれた母、3人家族で人数は少ないがその分絆は深い。この事を考えれば俺は恵まれている。友人にも恵まれている。俺の親友の野村は東京からでも駆けつける勢いだ。その気持ちが凄くうれしい、胸が熱くなる。色々と色々なものを届けてくれた人たちに俺は何かを返しているのかと疑問に思う。本当にこんな生き方で良いのか、自問自答。流れに身を任せて生きていないか。この世に俺の足跡は残っているのか、みんなの心に俺は残れるのか。考えれば考えるほど自問自答。
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今日は昨日から親父の弟である叔父が東京の結婚式帰りに一泊して青森に帰っていきました。昨日今日と叔父に「体の調子は?」「おまえなら大丈夫だ」とか言われて素直に有難うと言えないでいる自分がいました。精神的に病んでいるのでしょう。自分が今まで生きてきたスピードというか、力の出し方というか、体が付いてこない事にギャップを感じ、そのギャップに気が付くと心が折れるというか、へこむんです。そんな自分に嫌になったりで・・・・・とりあえず散歩してました。何も考えずにただただ歩いていると少しの間ではありますが、開放されるというか、落ち着くというか、気持ちのバランスが取れる気がします。
そんな時に撮った空の写真です。携帯の割にはきれいに撮れたかな?
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昨日の夜からどうも、体調が思わしくない。
寝ようとベットに横になり、目を閉じると目が回ってしまうのです。
ハァ~。薬を飲んで寝れたので、そこまで重度ではないと思うのですが・・・・
不安です。
明日は病院。検査結果の日です。
理由がはっきりして治療に専念できれば治りも早いと思うのですが・・・・・・
今日一日天気がいいのに出掛けることもなく、散歩もせずの一日。このままではいかん!っと思ってはいるのですが体が辛いと動きたくないもので・・・・ほとんど寝てました。
ニュースで気になったのはこれかなぁ。
三木谷さん、来期の楽天に影響のない形での事業拡大をお願いします。
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その後は失業手当をもらいながらジムに通い体力づくりに励んでいました。失業保険が切れる間際に職安で行っている雇用促進センターのパソコン教室に3ヶ月通いました。そこで知り合った方々がこれまた私の今後の生き方に色々と良い影響を与えてくれました。クラスは30人程度でしたが年齢層も幅広くとてもまとまったクラスでした。
その中で私の机の列の一番隅に座って授業をかったるく受けていたのが彼女でした。彼女は私の興味をバシバシと引きつけるような異色の経歴の持ち主で色々な仕事をこなしてきている女性でした。昼休みなどに話を聞いては感心し、すごい女性だなと思っていました。また彼女には私のこれまでの経緯を話し、よく病気を引きずらずに人生を送っている事に関心をしてくれました。このときから私は彼女に惹かれていたのですが、彼女には見せていない自分の弱い部分に負い目に感じ告白する事もなく普通にクラスメイトととして振舞っていました。
でも、期間が経つにつれ、卒業が近づくにつれ、思いだけは伝えたいと思いました。忘れもしないクリスマスの夜にプータローのカップルがいっちょ前にこじゃれたレストランに二人で座りながらもう卒業だねなんて話しながらお酒を飲んでいたんです。ここからは大勝負です。なんとしても彼女を射止めたいと思っていますが何を話していいやら。自分の気持ちを素直に伝えました。体のこと、まだ就職が決まらないこと、でも全力で彼女を守って生きたいこと。彼女は快くOKしてくれました。人生で一番うれしかったかも知れないくらいの喜びでした。
そんな彼女は僕と付きいあって負担に思うっているじゃないか、彼女がすばらしく、眩しすぎて自分がつりあわないのではなんて思うことがたくさんありました。彼女は拘束されるのも、するのも嫌う女性でした。私にはそれが不安でたまりませんでした。山あり谷ありの交際で、交際期間中にも3回ほど入院を経験しました。その度にはじめに言った彼女を全力で守るはずが守られている状態思えてきました。こんなはずじゃぁないのにと思い悩み、その度に彼女に背中を押してもらい立ち上がり、そんな事を繰り返しました。
そんな中で彼女に甘えて生きてきたのだと思います。最後はそんな私に愛想を尽かし別れることになりました。そんな中私は保育師になりたくて試験勉強を一年間仕事が終わってからの時間を見つけて、仕事の昼休みに、休みの日に、と行ってきました。私の誕生日が試験の第一日目でした。そんな私に彼女は近くの神社から合格祈願のお守りを買ってきてくれました。がんばってねっ!と。高校受験の時にがんばってねと言ってくれた彼女もいましたが、こんなにうれしく頼もしく思えたものはありませんでした。
ですが・・・・結果は不合格でした。10科目中7科目の合格で3科目が不合格という結果でした。来年また受けて次こそはと思うのでしょうが、そのとき私はもう駄目だ。普通に就職して安定した基盤を作り彼女と一緒になろうと思いました。でもこんな体ですから就職なんて今の世の中厳しくて・・・・そんな話を彼女に伝えると、がんばってと言われました。でも、その時はがんばれなかった。彼女の言葉が辛いものでしかなかった。彼女にこの話をする前に体の異変に気が付いていました。まっすぐに歩けない事や、めまいがする事が頻繁になっていたのです。彼女に別れて欲しいと頼み。別れた後病院に検査を受けに行きました。今度は左の三半規管が機能していないと言われました。これは右の三半規管を発達させて左の分を補う他はないそうで、働いていたバイト先に休職願いを出して現在休職をしている訳です。とにかく何か始めようとすると体の何処かが悪くなり、人並みの水準にもって行くとまた何処か悪くなりと病気との闘いで、精神的にも肉体的にも追い詰められていた状態でした。誰かに話して楽になればと私も思いますが、そんな事をして生きてきたことのない私ですので本心を誰かに話す時は話せる様になってからが私の原則でした。この性格も厄介なもので、20年来の親友にも正直に話せているか微妙です。これを書きながら自分の気持ちを整理しているのでしょう。
彼女と別れ、病気も安定してきたときに、私は彼女がお守りを買ってくれた場所へと向かいました。そして絵馬に来年の祈願と、自分への祈願をしてきました。祈願が成就した暁には、出来れば別れた彼女とその絵馬をはずしたいと思っています。
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その後このままの状態では社会復帰に支障が出ると思い何か体を鍛えるようにと考えるようになる。
とりあえず何をするにもお金がかかるもので、職安に行き、まずは傷病手当なるものを申請。最大の300日の給付を確保しました。
ただその期間の私はやはり体調は良くならず、自宅療養の日々が続きました。
この頃の楽しみは、ネットサーフィンでした。自分の好きなモータースポーツサイトや2チャンネルなどを主に見ては元気になったらモータースポーツするぞ、なんて思っていました。
私はセリカ一筋で乗り換えて来ており当然セリカサイトにも顔を出している状態でした。そのうちOFF会に誘われセリカ仲間と交流するようになりました。これが体力づくりにかなり貢献してくれました、というのも車の改造や、セッティングにお金を使うともったいないので自分で何でも出来るだけ行うようにしましたそんな事をすることで自然と筋力、サーキットを走ると結構心拍数が上がりスタミナも付いた気がしました。
このときは今思えばどうって事ない事、例えば朝の天気がいいとか、空気がおいしいとか、そんな事に痛く感動し、体が自由に動くのってすばらしいなんて思いました。それまではうつ病のように後ろ向きな考えをしていたのですが前向きに生きる事のできるきっかけになりました。
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入院となり治療に入る。痺れを取るためステロイドを点滴にて投与される。これで痺れは治まり、症状は落ち着いた。
すぐに職場に戻り仕事を始めるが調子はあまり良好とは言えず、以前のようにバリバリと仕事に没頭することは出来ませんでした。また職場の上司からはしっかりと休んで治して来いと言われるが大丈夫ですといい続けた。1ヶ月後に再度役員を含めた聴聞会に呼ばれ事実上の解雇通告をされる事になる。この時に会社ってなんて身勝手な・・とも思ったが自分が経営者であれば当然の結果だということも同時に理解していた。
その後再度入院し今度は骨髄の検査となった、白血病などで骨髄移植のドナー登録などでよく知られているあの骨髄である。当然検査のためなので骨髄液を採取しなければならずその注射器のでかさといったらかなり引くくらいのでかさでコーヒー缶くらいの太さで、長さは、30センチぐらいで・・・・針も太くかなり怖い思いをした。採取されているときの気持ちは、その注射器で体の中身が全部吸い取られるようなそんな感覚でした。
髄液を取られた後は脳の髄液が減っているので頭を傾けただけでがんがんと頭が痛くなるほどのひどい頭痛に襲われるものでした。そんな検査の結果は髄液が炎症を起こしているというものでした。この結果により痺れの大まかな要因が見えてきました。先生の見解だとこうである。
髄液が炎症を起こしている理由は不明だがそれによって神経細胞の一部が破壊され痺れが起こっているのだということ。おそらく体の免疫機能である、体の中に不要なものは白血球などで退治をするなどが起こるものが判断を誤って正常な体なのに過剰に反応し自分自身の神経細胞を攻撃した結果ではないかというものでした。
その後新たな治療薬としてベタフェロンを始めた。これは一日置きに薬品を注射器で投与するものであった。ステロイドの副作用はそれほどでもなかったがこのベタフェロンはかなり苦しいものとなった。
この薬は抵抗力を意識的に落とし、上記のように作用する過剰な反応を落ち着かせるものでした。ですが、抵抗力を落とすということは風邪にもかかりやすくなったりして常に風邪の症状が出ているような状態が続くものでした。
注射をすると熱が上がり寒気が襲い、熱が上がりきると落ち着き眠ることが出来るものでした。一日置きの注射ですから体の調子は最悪でした。半年の入院後自宅でこの治療を続けることになりました。
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本日よりはじめてみたが・・・・
とりあえず人生の大きな転機から話しておこうと思う。
2000年の冬にそれは突然だったのだが、ここ1~2ヶ月仕事が忙しく、体の疲れがうまく抜けない症状が続いた朝に起こった。
ベットから起き上がろうとすると右手と右足がいう事を利かず、しびれていた。はじめは変な体制で寝たかなんかして血液がうまく通っていないだけと思い、しばらく左手でさすったりしていた。頭もさめてきて、血液がうまく通っていないだけと思ったことが間違いだと気づく。痺れが取れない、10分20分たっても痺れが取れない。まったく動かない訳ではないのでとりあえず飲み物でも飲んでと思いペットボトルを冷蔵庫から取ろうとして右手をドアに架けたとき違和感を覚えたのだ。うまく握れない・・・・。これはさすがに不味いと思った。
何とか着替えて病院で見てもらおうと市立病院へ向かった。病院に着きどこで見てもらうのがいいか訪ね症状を説明する、看護婦に脳神経内科にと言われてドキッとした。すぐMRI。血液検査。眼科検査。外科以外のほぼ全身の検査を受けた。
俺はその当時実家に一人暮らしをしており、家族は北海道の小樽にいた。先生に病名を言われても何のことかわからず困惑するとその先生は丁寧に教えてくれた。
MSという病気、日本名は多発性硬化症、現在は治療法がなく快方に向かうか悪化するかわからない事。
どうしてこの症状が起こるのかメカニズムはいまだにわかっていないこと。
有効な治療には今のところステロイドだということ。ただしこれも確実に有効治療ではないことなどなど・・・・・
説明をしてくれたが時間が足りなくてただ先生の話を聞くだけに終わった。すぐに入院と言われまず会社に連絡をいれ2週間の有給を取った。有給はまったく使用していなかったので問題はなかった。その後家族へ連絡をいれ入院に際していろいろとすることがあったので母親に戻ってきてもらうよう頼み入院となった。
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